いやいやえん

映画・DVDの感想ブログです
個人の感想なのでネタバレしています

淵に立つ

【概略】
郊外で小さな金属加工工場を営む鈴岡家。平穏な毎日を送るごく平凡な家族の前に、ある日、利雄の旧い知人で最近まで服役していた八坂草太郎が現れる。
ドラマ


.5★★★☆☆
好きか嫌いかと言われれば、好きではありません。しかし、映画としては見事に人の感情の機微を捉えたと思わざるを得ません。
人の間に発生する「不条理なつながり」は、やはりコミュニケーションをとることでしか緩和されないのではないでしょうか。この作品の場合、圧倒的に(というか見るからに)夫婦間の話し合いが皆無。むしろ、夫の妻への態度は最悪で、そこに侵入してくる浅野忠信さんのいつもの棒台詞・能面演技なんかどうでも良く思える。
私には、夫は妻に隠し事をし、妻は流される(物理的にもラスト流されます)という相互理解のなさが、最初からこの一家が「平穏な家庭」ではなく思えます。
そもそも父親が強い家庭ってあまりいい事がないような気がします。この家族もそうで、食卓で蜘蛛の親喰いの話とかどこかおかしい…。そして、前半の最後、倒れた幼い娘を発見したときの父親の「おい!おい!」を連呼するしかできないあたりがあまりにも痛々しく、これが母親が強い家庭であれば、もう少し如才ない動きをすると思うのです。
(一見)平穏な家庭に潜む、不条理を描いた作品とのことですが、本当の崖っぷちに立たされた時に頼りになるのはやはり家族なんですよね。しかしこの鈴岡家は固まっているようでその実壊れている家庭ですので、頼りにはならない。それどころか、八坂を半ば受け入れた妻、八坂と共に過去犯罪を犯したことを隠している夫、八坂になつく娘と、とてもいびつなんです。
古舘寛治や浅野忠信などの男性陣が主役のように思えるけど、実際には筒井真理子演じる妻・章江が主人公だった。彼女の変貌ぶりが素晴らしい。冴えない妻&母から、八坂が家に住むようになってからの「女」っぷり、そして8年後の枯れた姿。内面と外面の説得力がなにより強く訴えてくるものだった。
八坂は娘・蛍にオルガンを教えたり、妻・章江のプロテスタントへの信仰へ理解を示すなどしてふたりの警戒を次第に解いていく。しかしそんな時事件が起き、八年後…。
八坂に心を許してしまったことと蛍を守れなかったことは罪の意識として残り、消えることのない「汚点」のようなものになる。彼女は神に救われなかった経験と蛍の介護という日常を通じて信心を失い、そして八坂という「汚れ」を落とそうと自分の身の回りや、蛍の周りさえもを汚れを清めるようになる。過去の幻影から逃れようとするように。
後半、夫は足の爪を切りながら何でもないことのようにさらっと人殺しに加担した事実を述べるのだ。そこで初めて妻は夫を「警戒」する。深く低い声で「近寄るな」と言い、夫を睨みつける。章江はこの瞬間、やっと夫を八坂と同じ「赤の他人」であると自覚したのかもしれない。
蛍と橋の上から投身心中を図った妻、夫が水面下で見た障害者となった娘の泳ぐ姿…それは、娘が「生きたい」と思っているのではという自分自身の心の投影ではないだろうか(※実際には泳いでいません)。つまり、8年を経てここでようやく夫は過去に囚われずに、自分以外の他人に生きていて欲しいと心の底から願うシーンだったのだと思う。人は変わるチャンスが幾度もあるのだ、きっと。遅すぎる夫のその機会をもって、本作は終幕するのである。順番は違うけれども、前半で撮った写真のように横たわる4人の姿の対比がなんともいえない。

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