いやいやえん

映画・DVDの感想ブログです
個人の感想なのでネタバレしています

あの日のように抱きしめて

【概略】
1945年6月、ベルリン。第二次大戦でのドイツ降伏の翌月、元歌手でユダヤ人のネリーは、顔に大怪我を負いながらも強制収容所から奇跡的に生還。過去を取り戻したい彼女は、元の顔に戻すことに固執。顔の傷が癒える頃、ついに夫ジョニーと再会したネリー。しかし、容貌の変わった彼女に夫は全く気付かない。そのうえ、「収容所で亡くなった妻になりすまし、遺産を山分けしよう」と話を持ちかけるジョニー…。
スリラー


.5★★★☆☆
冒頭、親友に助けてもらいながらスイスへ収容所帰りの女性が連れられてくる。一族は死に絶え彼女の遺産で治療費その他が払われていた。彼女は新しい顔にもなれたが「元の顔がいい」と整形手術をした。親友は彼を卑怯者と罵ったが、ついに念願の夫と再会する。しかし彼は気付かない…どころか「似てるんだ、妻に。そして彼女の遺産が手に入る」と話しはじめるのだが…。
死んだ妻のなりすましとして訓練されるネリーは、日々「ネリー」になっていく。しかし、その彼女自身が紛れもない自分の妻であることにジョニーは気づかない。ネリーはそれでもジョニーの傍にいて幸せを取り戻したいと願うのだが、親友レネからネリーが収容所に送られた後にジョニーが離婚届を提出していたと教えられる。真実を知ったネリーは、彼の家族の前になりすましの妻として現れた時、ジョニーのピアノ伴奏で歌を歌うことを提案する…。
話し方や歩き方、雰囲気、声質から、自分の目の前にいる女性が本物の妻だとわからないなんていう事があるんだろうか。「なぜ夫は彼女が妻だと気付かない?」という疑問をずーっと抱きながら鑑賞するわけですが、これ、妻が収容所に送られた時点で「彼女は死んだ」と思い込んだからだと思うのです。強制収容所に行って戻ってこれるわけがないと。そもそも彼は本当に妻を愛していたのだろうか?という疑問は、見ている誰もが感じることに違いありません。その一方で、妻そっくり(当たり前ですが)の振る舞いをすると、嬉しそうな表情をします。そして「死んだ妻」のネリーがどんな女性だったかを、熱く語るのです。
愛されていたのか?でも…。妻を山荘に匿ったのは事実だが、当局に売った人物も実は…と考えられるのだ(山荘の管理人らしき知り合いのの女性が夫が逮捕直後に山荘に来ていたと証言していた)そこに命を絶った親友レネから告げられた真実。それを知ったネリーこそ、本当にジョニーを愛しているのか、愛し続けられるのか?疑問への答えが明示されないまま、映画は、ラストシーンに移ります。
自分の保身のために妻と縁を切った男。妻の莫大な遺産を相続し、なりすましの女に山分けを提案するような男。ネリーは、ジョニーのピアノ伴奏で、愛をテーマにした曲「スピーク・ロウ」を歌います。おそらく戦前、二人で歌っていた曲なのでしょう。
最初は囁く様に、そして「生前の」ネリーの歌い方へと戻っていく。そこでようやくジョニーは気付く。妻ネリーがその場で歌っている。その腕には彫られた入れ墨があり…。ようやく察したジョニーは、もはやピアノを弾くこともできず、呆然と彼女の姿を見つめることしか出来ないのでした。
ネリーの歌う「スピーク・ロウ」は、どういう意味をもったものなのか。はっきりした結末を与えず、想像によって色んな解釈の出来る終わり方だったと思います。私個人的には、彼女の毅然とした態度から、これは真実を知ったネリーからのいわゆる「告発」なのかもしれないという気がしています。最早分断された2人の温度差をこのラストシーンで感じてください。

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